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泉作家百句選

綾部仁喜二百句抄               藤本美和子 選

(平成二十七年「泉」十一月号より)

 

いつの世も弟子遺さるる涅槃變           (『山王』)

浅蜊飯妻の薄口醤油かな

桑いきれ半端な雨のこぼれけり

邯鄲を跼み聽きゐてあひ知らず

竹伐つて頤細く戻りけり

柚子の値や冬至の雲の一つ浮き

大津繪の鬼が足あげ寒の入

惡相といはれし硯洗ひけり

洗ひたる硯の裏を讀みにけり

着なれたる冬服の紺一茶の忌

靑きもの焚く大年の父の墓

山毛欅若葉波郷の谺返しけり

盆魂と寐ねて柱の細き家

鷄頭の太郎とみれば大頭

鯔とんで日曜の晴定まりし

 東慶寺

露の墓辿るこころに高見順

飛ばしけり七草爪の大なるを

父の日といふ若き日を失ひし

道幅に流るる雨や法然忌

裏返る蟬の嗚咽を聞きもらさず

明るくて初凩の畝間かな

いぬふぐり大足の師を戀ひにけり

母の忌を追ふ父の忌や茶が咲いて

柿の木に風すこしある鏡餅

猫の子が橘寺に來て鳴けり

熟れ柿の垂れ下りをる袋かな

大寒の木を樫と言ひ樟と言ふ

紙漉の半日の手湯粘りけり

十一面さんの蚊の聲をがみけり

 余呉

湖まはり來し麥秋の郵便夫

膝ついて放下踊の跳びじまひ

 秩父

山國に遠山ありぬ菊まつり

 上中尾

猪垣を跳び下りて冬はじまれり

山のむかご里のむかごと笟に會ふ

月蝕の空極まりし餅筵

かたくりの花の韋駄天走りかな           (『樸簡』)

二日灸秩父の雪が見えにけり

わらはべの両足に水ぬるみけり

天へゆく道あきらかに辛夷咲く

石垣を突いて廻しぬ花見船

川筋にくはしきひとの花衣

更衣駅白波となりにけり

祭馬曳くも責むるもほいほいと

桑の実を食べたる舌を見せにけり

すみずみを叩きて湖の驟雨かな

だんだんに一目散に茂りけり

草刈つていちにちふつか月の畦

すこやかな草音に蛇すすむなり

看護婦のピアスの金も夏景色

来し方のよく見ゆる日の白絣

青笹の一片沈む冷し酒

白玉の器の下が濡れにけり

ただ立つてゐる日焼子の笑顔かな

油蟬にも争鳴のとき過ぎし

鷄のしづかな顔や夏祓

形代の鋏惜しみし袂かな

百日紅遠目の色となりにけり

茄子の馬今年の艶に生れたる

 三好豊一郎詩人初盆小座

剃頭の美しき魂迎へけり

露の淵盆供が音を立てにけり

いつまでもいつも八月十五日

かく暑き日を西鶴は死にたるか

濡れてゐるやうなる芒濡れてをり

檜葉垣のなかなか匂ふ良夜かな

鷄頭を離るる影と残る影

天よりも地のよく晴れて唐辛子

岩々に源流の相渡り鳥

 奥吉野

秋冷の入みとほりたるかたつむり

秋湯治長き廊下がありにけり

新米の袋の口をのぞきけり

切支丹燈籠があり冬仕度

さしのべし手と綿虫と宙にあり

半日の落葉を踏みぬ深大寺

枯れきつて菊あたたかくなりにけり

笹鳴の顔まで見せてくれにけり

手袋をまだ脱がずゐる遠嶺かな

漉桁もまた樸簡をまぬかれず

初夢の死者なかなかに語りけり

永かりし昭和の松を納めけり

探梅の夕雲色を加へそむ

よろよろと畦のかよへる春田かな         (『寒木』)

まんさくの花盛りなる古葉かな

一羽来て帰雁の列となりにけり

裏口をもはらに使ふ郁子の花

月齢も十日に近し桃の花

野遊びの味噌こそよけれにぎりめし

五月逝く江戸手拭の縹色

黴煙とは立ちやすし消えやすし

応ふるに草刈鎌を以つてせり

遠く来て形代に息かけにけり

翠陰をたたふる幹を叩きては

旧盆のはたと寂しき一と間あり

踊子の足休むとき手を拍つて

赤とんぼさらなる羽を伏せにけり

ちかぢかと富士の暮れゆく秋袷

白紙に鱸よこたへ祝ぎの家

七五三しつかりバスにつかまつて

三望を鞍馬といへり冬霞

しろばんば声にこたふる声きこゆ

白鳥の首の高さに雨降つて

霜降といふ日の薔薇を高掲げ

餅臼の罅の一筋地に届く

くらやみを年来つつあり峠の木

寒木を寒木として立たしめよ

一鳥を歩ませてゐる氷かな

寒鴉ひとこゑは空さびしきか

まつすぐに声の出でたる追儺かな

何もなき畑の風や福まねき

雪吊の中にも雪の降りにけり             (『沈黙』)

一卓にひと隔てたる夜の秋

火襷の吞口あはし渡り鳥

たくさんの音沈みゐる冬の水

 妻 脳梗塞にて仆れる

縋らんと秋暁妻の手が白し

寒夕焼妻と見る日を賜りし

 呼吸不全にて気管切開、声を失ふ

三月の咽切つて雲軽くせり

声なくて唇うごく暮春かな

五十音図指さして春惜しみけり

 畏兄石田勝彦死す、偶ゝその日なり

脳天に四万六千日の雷

蟬放つ餞の語はただ生きよ

沈黙のたとへば風の吾亦紅

一本の芒の水を替へにけり

ひらかざるものひとつある月の花

筆談は黙示に似たり冬木立

妻に逢ひ白木蓮に会ひしこと

道見えていづこへ越ゆる春の山

音たててきたる時雨をひと眺め

百木の中の欅の初明り

あらたまの手を当てて幹あたたかし

寒木となりきるひかり枝にあり

死んでも怒るなと妻言ふ雪無尽

綿虫や病むを師系として病めり

寒木に加はる眼閉ぢにけり

冬泉命終に声ありとせば

人見えて後ろ姿や春の坂

とほくまで雨降つてゐる蜻蛉の眼

石段の急勾配や冬隣

沈黙を水音として冬泉

生くるとは見舞はるること水仙花

腰おろすところがわが座青嵐             (『沈黙』以後)

一日の桜の窓を閉めにけり

桐咲くや永遠に小さき母の顔

日がへりの帰省の酸素噴かせけり

妻と会ふ鶸の話するために

 悼 関戸靖子

瞑目のとき過ぎやすし秋燕

青梨の母来に旧き友一人

暮早くなりたることも寿

大根も大根の葉もうまき頃

柚子咲いて死後に親しき人の数

 五十余年を経たり

焼跡の講座なりしが迢空忌

黒猫のもつとも飛べる野分かな

蓑虫も吾も普段着丈短か

丁寧に返す柄杓や初相撲

交換のシーツの翳の寒戻り

ひとの眸に映りて注ぐ新茶かな

山鉾の話きかせよ京がたみ

囃し過ぐ鉾の軋みは地の軋み

衿足の日焼も鉾の照り返し

病室の隅の明るき金魚草

秋寂びて遥かに妻の起居かな

呼吸器を励ます熊手飾りけり

牛の背の余す日向や年の内

あたたかく枯れゆくものの中に臥す

呟くに白秋詩あり春の鳥

桜濃し死は一人づつ一夜づつ

声失せて言葉かがやく白露かな

加湿器の落とす水音年堺

光年の星の生死や松飾

長病みは長旅に似る寒の月

 回想

枯山の刈株蹴つて根付の子

ひとびとはすずろに病みぬ鳥雲に

一の客二の客が言ひ花了る

 芭蕉に句あり

秋近き心といふを思ひみる

病人の飢ゑほのかなり寒昴

長病みを称へられをる破魔矢かな

春荒の呼吸器が生き吾が生く

病みざまを生きざまとせり明易き

三月の十一日に生きしこと

妻子ゐて年が来にけり古庇

 83歳になる

朧夜のこれからはみな世迷言

昼かけて見えゐる月や夏祓

妻死せり音なく灼けて北の天

峰雲や胸中に焼く妻小さし

幻の骨の白さも土用過ぐ

寝ね足りて常の山河や初景色

芭蕉忌やタオルの裏の肌ざはり

 悼 十二月二十九日、小西敬次郎逝去

歳晩の足跡として逝かれけり

 悼 泉主要同人美柑みつはる氏

大いなる山が迎へぬ春の雪

痰引いてもらふ黄砂の荒るる中

捨ててまた拾ふ一句や夜の緑

夜をかけてつづく撰句や旱梅雨

新盆の骨壺抱けば妻の音

住み慣れて妻の骨なり盆畳

妻よりも長生きをして暮の秋

顔拭ふタオルに冬の来る匂ひ

亡き妻に一言申す御慶かな

春の雪わが名廢れてすべて消ゆ

富士が見え桜が見えてよき病臥

妻恋ふは即ち謝する百日紅

だれかれの麥さんも亡き波郷の忌

息欲しく声欲しき日や龍の玉


 



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